心が折れそうになる日々が続いていた先月。
12/3が発表会で、そこでの演奏もしなければならない状況もあり
私はかなり焦っていた。
そんな矢先、発表会の1週間前の出来事である。
朝、家を出て出勤しようと原付に乗って10秒ほど走らせた所、
いきなり左から高校生が自転車で飛び出してきた。
私は急ブレーキをかけたが瞬間間に合わないと思い咄嗟にハンドルを右に切った。
結果、自転車の後輪にあたり、高校生はこけ、私も大コケした。
バイクのメットインはパカッと開きヘルメットも飛んでいってしまうほどだった。
私はうつぶせに倒れ、胸部を激しく打ったらしく息ができない。
声もでない。事故の音を聞いて近所の方々が出てきて、私を心配して話しかけられたが、
声が出ず、私は唸るだけだった。気持ちが悪くなり、寒気がしたので
「これは肋骨を折ったな」と思い、高校生の方を見ると彼は既に起き上がっていて近所の方と
話しており、どうやら大怪我はしていないようだった。
私はなんとか体を起こそうと手をついた瞬間、左手に激痛が走った。
「折れたのは左手だ・・・」
左手が手首からずれていた。痛みをこらえ左手を引っ張って直すと痛みで血の気が引いた。
心配した近所の方が救急車を呼んでくれた。
そこはよく衝突事故が起こる所であるらしかった。
高校生が飛び出してきた道路にははっきりと「止まれ」の一時停止の標識が。
私が通った道路は優先道路であったが、「飛び出し注意」の標識が確かにあった。
不覚にも不注意である。
ちょうど前方に朝日があり逆光で交差点のミラーも標識もよく認識できなかった。
ミラーで見えた時には遅かった。
ただ、アクセルを1ふかししてその惰性で走っていたくらいのスピードだったので
衝突の衝撃自体は小さかったと思われる。自転車は破損するどころかかすり傷しかなかった。
救急車が到着するまでの間、スタッフにその日のレッスンのキャンセルを知らせ、
フォローをお願いした。
程なくして救急車が到着し、運ばれたのは「脳卒中」で入院した東海大付属病院であった。(笑)
診察の結果左手はやはり亀裂骨折。胸部打撲。右ヒザ打撲であった。
あとで気づいたのだが右肩も強く打撲していたようだ。1週間ほど腕が上がらなかった。
全く発表会直前なのにツイてない。
よく、「れば、たら」は言っても仕方がないと言われるが、こんな時ばかりはそう思ってしまう。
日頃からきちんと標識を確認していれば、高校生が一時停止してくれていたら・・・
しかし、あとの祭りである。
病院のあと、警察へ行って、その後、現場検証。
幸い、私の罰則はなかったが、20年間、無事故であった私は自賠責しか入っておらず、
相手の賠償はできても自分の治療費はでないことがわかった。(苦笑)
しかも事故は国民健康保険が適用外なので自費で払うんだよね・・・
病院で当日請求された治療費は約5万!
あとで市役所の「第3者行為」という救済措置があることを知り、
書類を揃えて審査が通れば保険適用になることもあるということで現在それを申請してるところです。
どちらにしても今年は災難が多い。
生徒さんに「厄祓い」したらと言われましたが(笑)私は仏教徒なので(笑)
なんでこうなるの考えてみました。でも仏教はそもそも解釈論的なスタンス。
現在→過去ではなく、現在→未来。
ではこの状況や、感情をいかに自分が納得する形で解釈するか。
う〜ん。難しいけど。
こう考えてみました。
脳卒中→災難ではなく死ぬくらいのところを軽い麻痺ですんだ。
事故→相手に大怪我を負わせなくて済んだ。自分も骨折程度で済んだ。
骨折→ついでに神経が再生し、マヒも治る!
そう考えると事故の相手を恨まずに感謝が出来、気持ちが楽だし、希望が生まれる。
だったらそう思うようにしよう!と思ったのでした。
そうしたら本当に指に感覚が戻ってきたような気がしてきました。
気がしてるだけだけど、病は気から(笑)。
絶対治すぞ!と気持ちが前向きになりました。
気の持ちようですよね。人間。
気持ちはタダだからそうします。
怪我や事故。病気に負けない事が大事!と今年の最後の最後に学びました。
感謝、感謝。
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