2015年10月07日

直感力を鍛える〜アドリブのヒントとして〜

直観力とは一般的に感覚的な判断、認識を意味しますが、
あまりに括りがデカイので
ここでは『インプロヴィゼイションの際の』と限定的に考えると

『今までの知識、経験から判断するが、
ミクロな視点からでなく、マクロにざっくりと瞬間的に判断する。』

と言う意味合いで述べることにします。

もう少し脳科学的に言うと

『左脳的(シリアル思考)でなく右脳的(ゲシュタルト的認識)に判断する。』

と言えるかもしれません。

さて、『感覚的』と言う言葉を使いましたが、
私は今までジャズのアドリブの際に
『ほぼ感覚的に』プレイしておりました。

勿論、若干の理論は持ち合わせていたので
全くデタラメではなかったとは思いますが(笑)
今の自分からみれば若い頃の私のプレイは

『オメーそれデタラメにも程があるぞ!』

とツッコミを入れたくなるようなプレイも多々あったと思います。

もしもタイムマシンがあったら自分に説教をしに行きたいくらいです(笑)。

若気の至りとは恐ろしいもので当時はそれで平気な顔をしておりました。
(関係各位にこの場を借りてお詫び申し上げます!)
若気の至り→https://www.youtube.com/watch?v=eFGXpFOCyDM


ところが2011年に脳卒中になり、『右脳』の一部を損傷し、
記憶障害、言語障害、左半身の麻痺という後遺症を患ってからは
いわゆる『手癖』によるプレイが出来なくなってしまいました。

学生時代から蓄積したロリンズやデクスター、コルトレーン、ゲッツ、
ブレッカーなどの数々のジャズマンのフレーズがプレイできなくなったのです。
頭の中にはありますがそれが筋肉に伝わらないのです。
運動記憶の遮断もしくは欠落です。

また単純なスケールやコードでさえ、
以前のようにスムーズにプレイできなくなってしまった為、
それらの断片を瞬間的に組み立てて、
抽象的なフレーズを作るという事が出来なくなりました。

ちょっと解りづらいと思いますので具体的に説明すると
『C7に対してC#dimの構成音で竜みたいにウネウネしながら上昇するぞ』
ってな事が出来なくなったという事です。(伝わるかな?)

これらは『竜みたいに』というくらいですから、
右脳の抽象フォルダに格納されていたのでしょう。

これを『ディミニッシュの転回形にからなる上昇形フレーズ』と名付けて
左脳の理系フォルダに入れておけばよかったのかもしれません(笑)

話を戻します。
『感覚的にプレイする』と言うのはこのような断片を総合的、
包括的に認識して再統合する作業です。
出来なくなってわかりましたが、
このような作業は右脳で行われているようです。

今、私はこのようなプレイを復活させるために、
左脳に名前の変更をして再格納する作業をしています。
リカバーできるかはわかりませんが(笑)。

右脳に問題の無い皆様は右脳に抽象的な名前をつけて保存してください。
なぜならプレイ中はおそらく
感覚的、抽象的思考をしていると考えられますから
右脳に主導権を握らせましょう。

直感的にプレイしたければ
『指の記憶』や『フレーズ集の何ページ何段目』という
記憶をたどらずに右脳に任せるのです。

勿論、右脳に格納されているモチーフの再現自体は
日頃の基礎練習の運動記憶から来る再現となりますので
基礎練習は大事なのです。

一流シェフもジャガイモの皮むきや玉葱のみじん切りの修行はしているのです。
プレイに直結しない練習は無駄で自己満足なだけです。

12スケール20回やったぞ!と回数や費やした時間に満足せずに、
どんなコードが来ても瞬時に
スケールを対応させるスキルを身に付けてください。

それらのモチーフを直観力、
言い換えれば右脳のゲシュタルトで再構成して
フレーズを紡ぎましょう。

このトレーニングは楽器が無くても頭の中で可能です。
私は受講生に曲のコードが書かれた白紙の五線紙を渡します。
そして音符でなく、蛍光ペンなどで線や図形を書かせます。
上り坂、下り坂、ジグザグや渦巻きなどです。
それがアドリブの『青写真』『発注書』となります。
そのオーダーに基づいてモチーフをフレーズ化するのです。
緩やかな傾斜ならスケール、急な傾斜ならコードとなります。
そのように『何を表現したいか?』が決まっていれば戸惑う事は無いのです。
このトレーニングは右脳を使います。
音を視覚化するのです。

普段から、直感、右脳を鍛えるとこの作業のクオリティは上がります。

私は右脳のパフォーマンスを上げるのに心がけている事は以下のような事です。

直感が冴える条件。
1、リラックスする。
2、潜在意識(無意識)を信じ、優先する。
3、未知を恐れない。
4、執着せず、欲張らない。
5、多様な価値観(オープンマインド)を持つ。

…何か仏教の修行みたいですね(笑)

そしてこれら↓は日常で出来るちょっとした事です。
1、いつもと違う選択(冒険)をする。
2、アホな事に夢中になってみる。
3、自己肯定する(俺サイコー)。
4、常にアウトプットする。
5、あえて脱線してみる。

…こちらは何か関わると面倒くさそうな人みたいですね(笑)

あ、そうそう、最後に脱線します。(笑)
先日、あの伝説的番組『ヨルタモリ』が終了し、
新番組『ウタフクヤマ』が始まりました。
ヨルタモリ39回目のゲストで出演した福山雅治とリリーフランキーを
メインMCに据えての音楽&トーク番組です。

この回は宮沢りえがいなかったので製作側としては、
10月からの『ウタフクヤマ』の様子を見たかった回だったのかもしれません。

どんな感じか見てみました。
日本の女性の大半を締める福山雅治ファンの方は
素の福山氏が語り、歌うこの番組を見て満足した事でしょう。

しかし私はあまり面白くありませんでした。
台本や展開が見えてしまって、脱線も無く、
トークも全く持ってつまらなかったのです。

まあ、30年以上にわたって『いいとも』のMCを勤めてきた
タモさんと歌手で俳優の福山氏を比べるのは酷ですが。
私は『ウタフクヤマ』を見ていて
ほとんど右脳が刺激されなかったのです。
淡々と理路整然として。
福山氏がマジメだからでしょうか?

ポップスのホーンセクションの譜面をプレイしているみたいで
刺激が少なかったのです。
脱線やナンセンス、シュールやワルノリも無し。
何もハプニングしないうちに終了してしまいました。

福山雅治は私の中ではジャズな人ではなかったのです。



posted by 網 渦男 at 17:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽に関するネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月05日

ジャズな人とは?

かなり久しぶりの投稿となってしまった(笑)。

実は子供が産まれたり、教室のリニューアルがあったり、
教則本の製作にかなり手間取っていた為である。
いざ完成したと持っても訂正や本文の追加、付録の追加などが
予想以上に多くなってしまった。
値上げしたいくらいである(笑)。

また、タイトルを決めるのにも
あーでもないこーでもないとずいぶん悩んだ。

検索しやすいタイトルにすべきか?とか、
購買意欲をそそるタイトルにすべきか?とか、
売れてるノウハウ本のタイトルをパクろうかな?とか(笑)。

熟考の末、やはり嘘偽りの無い(当たり前だが)言葉にしようと思い、
『ジャズ道場』というタイトルに決まった。

実際、ジャズのマスターには
難解な理論の学習や演奏技術の地道な鍛錬は必要であり、
お手軽に自分の望む結果を得られる事などまず有り得ないからだ。
そんな意味をこめて『ジャズ道場』と体育会系的にしてみたのだ。
(実は私は小学生から中学まで柔道をやっていた)

『ジャズ道場』と言うからには『柔道』や『剣道』のように
『ジャズ道』と言う『道』があたかも存在しているのが前提となっているのだが
果たして『ジャズ道』とはどんな『道』であろうか?
古今東西のジャズメンはこの道の探求に
その生涯を費やしているといっても過言ではない。

『ジャズとは何か?』という定義は、それこそ今まで数多くの批評家や評論家、
ジャズミュージシャン自身がしてきているだろう。

なのでここでは『私が思うジャズ』というス〇ィングジャー〇ル誌に寄稿される
ありきたりなエッセイのタイトルのような視点から書いてみようと思う。

私の尊敬してやまないミュージシャンの一人に
森田一義(通称タモリ)という方がいる。
氏はその伝説となるであろう『ヨルタモリ』という番組において

『ジャズというジャンルはない。ジャズな人がいるだけだ。』

という名言を残している。

なるほど。かのマイルズもジャズとカテゴライズされるのを嫌った。
ではジャズな人とはいかなる人か?
番組の中で同氏は『スウィングしている人』と言っている。
ラーメン屋のオヤジでもスウィングしてればジャズなのだと。

ここで

『ラーメン屋のオヤジはインプロヴィゼイションをするのか?』

という疑問が発生する。

確かに、ラーメン屋のオヤジに
『ふわとろ卵のオムライスを作ってくれ』と頼めば、
そこそこのクオリティのものを作ってくれるかもしれない。

なぜならラーメンを作る所作が人を魅了するほどスウィングしているくらい
充分なキャリアとセンスを持っていると推測されるからだ。
おそらくはその『まかない』も旨いであろう。

しかしどうであろう?
森田氏にとってジャズな人とはインプロヴィゼイションの有無でなく、
自分のスタイルを持ち、それを自らも楽しみ、
周りの人をも魅了する人という意味ではなかろうか?
森田氏はこうも言っている。

『ジャズな人って言うのは向上心の無い人のことなんだよね。』

つまり目標を設定し、それに向かって努力をする人でなく、
それが好きで好きでたまらなくて、それに没頭して
結果、卓越したスキルを身につけ、人々を魅了する人という事であろうか。

そう考えると私が常々思っているジャズ道というイメージと
しっくり重なるのではないかと共感したので
以下に『私が思うジャズ』な人のポイント、条件を上げていこうと思う。

1、無条件にカッコイイ。
  無条件にというのはそれが音楽理論的にOKかNGかとか
easyか高尚かは関係なくという意味合いだ。
  たとえばデズモンドの『プフゥ〜。』ゲッツの『バホッ!』、
  ショーターの『ピギャー!!』もロリンズの『ドッドドドー!』も
  理論はともかくカッコイイのだ。

2、他の追随を許さない。
  たとえ同じようなスタイルの人が他にいたとしても
  レベルがダントツでぶっちぎりという意味。
  松崎しげる氏などは『声量がハンパ無い色黒な人』という
  複合ジャンルにおいては他の追随を許さない域に達している。

3、印籠を持っている。
  水戸黄門の印籠のように鉄板ネタを持っているという意味。
  ナイツの漫才の『ヤホー』、ダンディ坂野の『ゲッツ!』のようなに、
  鮮度も関係なく安定しており、そのネタ(フレーズ)とその人が
  すでにイコールと言えるほど認知され、且つ求められている人。
  いわゆる『パーカーフレーズ』、『ブレッカーフレーズ』見たいなもの。

4、リスキーである。
  たとえば江頭2:50氏のように先が読めず、
  破綻すら内に秘めた緊張感に満ちている人。
  先のダンディ坂野氏らとは真逆のテイストの人である。
  60年代のロリンズや晩年のコルトレーンのような人。

5、独自の世界観を持っている。
  上記の全てに当てはまるかもしれないが、
  その存在自体がワンアンドオンリーで、
  何をやっても成立してしまうくらいのエネルギー、
  プレゼンスを持っているマイルスや現在のショーターのような状態。

以上、あくまで私個人の考えるジャズな人の条件であるが、
こんなことをあげつらうと
『素人にこんな条件満たせるか!』
とのご意見も有るかと思う。
『ジャズ道場』を購入し学んだ所で、
こんなに敷居の高いところに達するわけが無い。
と諦めてしまうかもしれない。

確かに、多くのジャズマンは
演奏技術や感性を長年、研ぎ澄ました結果、
このような境地に達するのであろう。

が、しかし、アマチュアであっても、高い演奏技術が無くても、
独自の視点、アプローチによって
インプロヴィゼイションをする事は可能である。
全ての人がマイルスやショーター、コルトレーンの様に
複雑化と高度な技術→抽象的でシンプルな表現。
という過程を経なくても良いと思うのだ。
ピカソでなくジミー大西もありなのだ。

ジャズとは個人の内面を吐露する音楽だ。
先人の言葉を学ぶ事は大事であるが、
先人の言葉を全て覚えなくても良いのだ。
ハンコックの言葉を借りれば、

『脳の記憶を司る部分に手術を施し、または筋肉の記憶を遮断し、
脳の働きより直感を優先させること』

である。
であるならば、アマチュアジャズマンが為すべき事は自明である。
『直感(観)力を磨け』だ。

次回はその『直感(観)力』を磨くためには
何をすべきかについて書きたいと思う。




posted by 網 渦男 at 22:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽に関するネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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