2012年02月14日

第4回 「シンプルさ」と「複雑さ」〜今回はマジメに物申す〜<

先日、日本の近い将来を決する総選挙が終わった。
マスコミで大騒ぎしていたわりには、投票率も極めて悪く、
いまだ国民の政治不信、諦めの感は拭えない状況が浮き彫りになった。

わが国の選挙は短期決戦なので、
どの党も国民に解り易い「スローガン」を掲げて
イメージ戦略を打ち出していく。

その事自体は「ツカミ」としては当然有効で、
我々の興味を一応はそそるのである。

問題はそこから先で、
「○○党は変わりました!」とか
「コレが我が党のマニフェスト!」とか

キャッチーなフレーズだけでイメージが出来上がり
中身まで浸透していっているか否かである。

今回もどれほどの人が
全ての党の「マニフェスト」に目を通したのであろうか?
景気回復、年金問題、道路問題、イラク特措法、
等々細かくチェックしていったらはっきりいって
頭がうに状態になってしまう。

使われている言葉も
普段新聞など読まない人にとっては
何を言っているか解らん外国語のようだ。

数字も「○○兆円」という桁である。
(5000円でいいからくれ!)

解る人にとっては
「なるほどそういうことか」とか
「それはマズイだろ」となるのであろうが、

解らん人にとっては

「なんか解んないけど、○○さんの方がカッコよくない?」

という判断になりうる。

政治は解りにくいのである。
その解りにくい事を
テレビ等で饒舌に語っている評論家や政治家をみると、

自分のおつむの足らなさに
「この人スゴイんかな?」
とか思ってしまう。

その発言が正しいのかデタラメなのかさえ、
解らん事の方が多かったりする。

さて、前置きが長くなったが(ここまで読んでくれた人に感謝!)、
JAZZという音楽もそんな難解さゆえのジレンマ がある。

初めてパーカーやコルトレーン(しかもAFRO BLUEとか)
なんかを聴いた時は
何をやってるのかさっぱり解らなかった。

CDを貸してくれた友達に

「なんかJAZZって難しいよね。(苦笑い付きで)」

という負け犬のような捨てゼリフを吐いてやったもんだ。

ただ、自分の耳が肥えたのか、
たまたま解りやすい演奏だったのか、
大学に入る頃、私はJAZZに心を奪われてしまったのだ。

それから現在に至るまで、段々とJAZZがわかってきて、
その目を見張るほどの芸術性の向上と発展ぶりに驚嘆している。

現在の所謂コンテンポラリーなJAZZは
その演奏技術、音楽理論において、まさに最先端をいっている。
もう行き着くとこまで来ちゃってる感がある。

が、しかし、
それがイコール聴衆の心を奪うかと言うとそうではない。

マイルスも、コルトレーンも、ショーターも、ハービーも、ロリンズも
複雑で高度な理論、技術を超越した上で、
非常に「シンプル」な(若しくはそう聴こえるような)表現方法に回帰している。

そのレベルに達した人こそが
多くの人に支持されるJAZZの巨人と言われているのかもしれない。

難しいフレーズでマニアックなプレイをしたり、
キャッチーなフレーズをとにかく連発したりと、
インプロヴィゼイション(即興)には様々な方法があるが、
私個人としては「シンプル」な語り口から
徐々にモチーフが叙情的、叙景的、叙述的に複雑化していくような、
それこそ

〜無限に拡がる「宇宙」〜

を見せてくれるようなプレイが大好きである。

意識を非日常にかっさらってくれるような
ぶっ飛んだ体験をしたくてJAZZを聴くからだ。

そして最後には非常に「シンプル」な言葉に到達して
ソロが終わってくれたりすると、
「なるほど、それが言いたかったのか。」などと
一方的に納得したりするのもたまらない満足感だ。

音を聴いていながら、
実はそのプレイヤー自身、人生観、価値観を
垣間見る思いがするのである。

こんな事を書くと、
「やっぱりJAZZって難しくて堅っ苦しいじゃんか!」

と思われてしまう危惧もあるが、
JAZZはそれでこそ、「芸術」と呼ばれるわけであって、
カラオケの印税のために作られる(娯楽的)音楽とは
根本的に違うのである。

ゆえにJAZZなんかやってしまうと食えなくなるのだ。(合掌)
それでもいいと覚悟を決めてやっているミュージシャンが
いるからこそ続いているのだ。(感謝!)

政治家もそのぐらいの気持ちでやって頂きたい。
(給料貰い過ぎじゃないか!?)
耳あたりのいい「スローガン」だけで終わらず、
「複雑」な事柄を出来るだけ「シンプル」な表現で
且つ「誠実に自分の言葉」で語って欲しい。

そして全ては「国民の為」という本来「シンプル」であるはずの目的
の故に複雑にならざるをえないのだ、ときちんと示して欲しい。

利権を守る為の複雑さなど、もうウンザリである。
勿論我々国民も意識(プラス行動)の改革、向上が必要であるが、

偉大なJAZZMENの出現により、JAZZファンが増えていっているように、
偉大な政治家が出ることによって、国民の関心を政治に向けさせて欲しいものだ。
虚像ではない実力ある政治家とJAZZMENの到来を期待したい。

                                                                         つづく
posted by 網 渦男 at 12:00| Comment(0) | TrackBack(0) | コラムの過去ログ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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