2015年04月10日

大野俊三ジャパンツアー2015八王子公演

前回(2012年)に続いて今回も
大野俊三氏の日本公演のお手伝いをさせて頂く事となった。

思えば前回の公演は私自身が左半身不随の状態であった。
使える右手で原付を運転し、自作のチラシを
八王子市内にポスティングしまくった。

当初はある団体の理解と協力が得られるかと
若干の期待をしていたが、
ある些細な勘違いから、
その団体からは協力どころか
『不買運動』を起こされ、
プロモートは前途多難が予想された。

本来はその団体の方が喜んでいただけるのではないか?
との思いで八王子公演を決めたのだが、
残念な結果になってしまった。

なので私は、一般の方々に宣伝しまくるしかなかった。
とは言っても八王子全戸を廻ることなど不可能である。
特にあの時は急遽決まった追加公演であり、
私一人では時間的にも物理的にも限界があった。

そこで私はこう考えた。

『どんな人に俊三さんの演奏を聴いて頂きたいか?』

私はある先達の言葉を思い出した。

弟子に、世界平和とはどのような状況をいうのか?
と質問されたその先達は

『普通のご婦人たちが井戸端会議で芸術について語りあうこと』

と答えたという。

私は決めた。
大野俊三という人を知らない人に向けて宣伝をして行こう。
どうせ時間はない。この興行で収入は得られないかもしれない。
ならば『何が大事か』フォーカスしてそこに集中しよう!

私は『儲け』ではなく『意義』を選択した。
結果はこちら→http://a-muse.seesaa.net/article/273876099.html
に書いた通り大成功だったのだが
『儲け』は無かった(笑)。

さて、前置きはこのくらいにして
前回の公演終了後、ロビーにて
埼玉から呼んだ私の母親を大野氏に紹介させて頂いた。

感動で涙ぐむ母に大野氏から
『息子さんの体が復活したら今度は是非息子さんと共演しましょう!』
と言葉をかけて頂いた。

私は失礼ながら老婦人を気にかけた俊三さんなりの
単なる『リップサービス』だろうと受け止めた。

なぜなら当時の私は左手は麻痺、呼吸障害もあり、
とてもサックスなど演奏できる体ではなかったからだ。
しかもリハビリに通うお金の余裕もなく、
プレイヤーとして復活する希望など完全に失せていたのだ。

だが、3年後の本年5月。
私はビッグバンドの一員として俊三さんとの共演を果たす。

私が諦めていた約束を
俊三さんが果たしてくれたのである。

さらに言えば私が初めて大野俊三という人を知ったのは
中学生の時であった。スーパーサウンズというバンドで来日し
サックスを買ったばかりの私は
憧れの眼差しでその演奏を見ていた。
『いつかこの人たちと一緒に演奏したい』
そんな風に思った記憶がある。
中学生の淡い夢であった。


人の運命とは不思議なものである。
何気ない出会いや
ささいな言葉の交流が
人生を大きく変えることもある。

それらはきっと小さな点のように見えるかもしれない。
その点をどう受け止め、他者と自身の為に
どうリンクさせ、運命という糸で紡いでいくのかが
人生の醍醐味であり、ドラマであるのかもしれない。
偉大な哲学者は言った。
『君よ、人生のドラマの主人公たれ!』
5.15も私にとっては小さな点かもしれない。
が、今度は私がこの点を他者との関係において
意義あるものに変えていきたいと思っている。

そう考えながら共演する曲のアレンジの
1音1音を紡いで行こうと思っている。
それでは皆さん、5/15の18:30、
八王子いちょうホールでお会いしましょう!
ライブ告知サイト→http://amiuzuo.wix.com/shunzoohnolive
posted by 網 渦男 at 11:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 音楽に関するネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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